大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(う)1881号 判決

論旨は、要するに、被告人は、本件各犯行当時、心神喪失の状態にあつたのに、心神耗弱の状態にあつたとした原判決は、事実を誤認しているというのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討する。

当審鑑定人逸見武光作成の精神鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、(1)被告人の症状は、精神分裂病と同じものを示すが、投薬等の治療を加えると、その症状は消失し、発病以来多年を経ても人格荒廃を伴わない点で特異な病型であつて、厳密には非定型精神病にあたる、(2)本件各犯行当時、被告人は精神分裂病としての外来治療を受けており、そのため積極的な症状は消失していたが、いわゆる「させられ体験」を中心とする自我障害はあつたものと推定される、(3)「させられ体験」とは、主として精神分裂病の主症状であり、行為時に他の何者からか操られると感ずるものであるが、人格が荒廃ないし解体されるとかえつてこのような体験はなくなり、むしろ人格がある程度維持されている場合におこるものである、というのである。

右逸見鑑定に加え、関係各証拠によれば、被告人は犯行に際し、いわゆる幕を使うなど巧妙な手口で上手にスリを敢行し、露見するや直ちに盗品を捨てたり、自分が犯人でない旨主張したり、逮捕をのがれようとしたりしていること、日常生活の面においては、近所の者とも普通につきあい異常なところは全くみられなかつたこと、などが認められるのであつて、その他原審で取調べた各証拠を総合して判断すれば、本件犯行当時被告人にはなお人格が残存していたものと見るべきであり、心神耗弱の状態にあつたことは認められるものの、責任能力を欠くほどの、心神喪失の状態にあつたものとは認められない。したがつて原判決のこの点に関する判断は、正当である。

なお、所論は、医師竹山恒寿の別件公判調書中の供述及び同黒木建次の原審公判廷における供述をその論拠としてあげている。しかしながら、右竹山供述は、昭和四九年当時の被告人の病状についてのものであり、その後被告人は右黒木医師のもとで治療を受けた結果、前述(2)のとおり、本件犯行当時には積極的な症状は消失したことがうかがえるうえ、同供述によれば、当時被告人は、ノイローゼの一種である強迫神経症であつたが、精神分裂病ではなく、是非の弁別力はあつたが抑制力はほとんど失われ、ただ完全になくなつていたとまでは断じ難いとしていることなどの点からみて、直ちに責任能力を欠いていたことの証左とすることはできない。また、右黒木供述は、被告人が妄想及び幻覚の症状を有することから、精神分裂病と断定し、更に本件各犯行当時の被告人の責任能力の有無にも言及している。しかしながら、もともと同人は、鑑定人として被告人の精神状態を鑑定したのではなく、主治医としての所見を述べているものであるところ、証言当時までの約一年半に及ぶ診療結果をふまえている点ではそれなりに十分考慮すべきものであるが、その判断の主要な根拠としている被告人の妄想及び幻覚については、逸見鑑定においても十分考慮に入れたうえ前述の意見を出しているのであつて、被告人の症状を精神分裂病とみるか非定型精神病とみるかといつた医学的な診断の差異は別として、同人の供述と逸見鑑定とが、被告人の精神状態について基本的に相違、矛盾しているとは認めがたい。そして、責任能力の有無に関する法的判断は、専門家である精神科医の意見を参考として、裁判所が行うのであるから、同人が被告人に責任能力が認められない旨を供述しているからといつて、直ちに当裁判所の前記認定、判断を左右するものではない。

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